チェコの建築家「ヤン・レツル」

もうじき12月6日がやってきます。

この日は、「原爆ドーム」(旧広島県物産陳列館)と「宮島」が、
ユネスコ世界文化遺産に登録された30周年記念日です。

皆さんは、「原爆ドーム」がいつ建てられたかご存じでしょか。
開館記念日は1915年8月15日!
今を遡ること111年前です。
設計・建築はチェコ人「ヤン・レツル」。

昨年2025年は、
45歳の若さで没した彼の没後100周年でした。

彼はまた、
1912年に開業し、
1915年本館が消失した「宮島ホテル」を、1917年再建しています。
戦後、
アメリカ軍(GHQ)が使用していましたが、
1952年の火事で焼失しました。
その跡地には現在、国民宿舎が建っています。
世界文化遺産の「原爆ドーム」と「宮島」、
その双方に関わっているのは「ヤン・レツル」だけです。
彼は、
上智大学をはじめ、
約40の建築物を設計・建築していますが、
おりづるタワー12階「おりづる広場」にて、
彼の功績を目にすることができます。
「ヤン・レツル」がどういう経緯で、
「原爆ドーム」を建築することになったのかといえば、
「原爆ドーム」開館2年前の1913年8月15日に開業した「宮城県営松島パークホテル」を、
建築したことが物語のスタートです。
県営ですから、公設公営ホテルです。
その際の寺田祐之宮城県令(県知事)の次の赴任地が広島で、
お気に入りの「レツル」を連れて来たのでした。
1913年8月15日に開業した「宮城県営松島パークホテル」、
1915年8月15日に開館した「原爆ドーム」(広島県物産陳列館)を設計・建築した「レツル」は、
結果的に、
松島・宮島という「日本三景」のうちの「二景」にホテルを建てました。
偶然ではなく、
奇跡的な組み合わせです。
昨年3月、
「マイ・ハート弦楽四重奏団ひろしま」は、
結成30周年記念プログラムの一環として、
「レツル」の生誕の地であるチェコは「ナーホト」と終焉の地「プラハ」にて、
コンサートを開催させて頂きました。
「ヤン・レツル」、
是非、
この名を心のどこかに刻み込んで頂ければ幸いです。
「レツル」に関する掲示(おりづるタワー12階「おりづる広場」)
ナーホトのレツルの墓(カタカナで「ヤン・レツル」と刻まれています。)
2016年12月6日:ユネスコ世界文化遺産登録20周年記念イベン(広島市主催)にて
2026年8月15日 「ヤン・レツル」フェスティバルvol.2 チラシ