「縁は異なもの味なもの」と言いますが、
私の場合、
信じられないほどの「良縁」を頂きました。
感謝・感激・雨霰です。
以下の写真は私の師匠たちです。
今井信子(ドイツ国立デトモルト音楽大学)
田中あや(東京音楽大学)
ライナー・モーク(元ドイツ国立ケルン音楽大学)
キム・カシュカシアン(現ニュー・イングランド音楽院)
トーマス・リーブル(現ザルツブルグ・モーツァルテウム大学)
マティアス・ブッフホルツ(現ドイツ国立ケルン音楽大学)
2023年2月6日(月)、
関西経由岡山という小旅行をしました。
岡山市では、
本年9月1日(金)、岡山芸術創造劇場「ハレノワ」が開館します。
岡山県・岡山市が、
文化芸術推進組織として、
公益財団法人岡山文化芸術創造を立ち上げ、
その活動の中心として大・中・小ホールを兼ね備えた劇場「ハレノワ」をオープンします。
準備も着々と進行しているようで、
HPでは9月1日に向け、
カウントダウンが始まっています。
私たち「マイ・ハート」はいつ、
この「ハレノワ」に登場できるでしょう?!
JR岡山駅から「ハレノワ」までの間には、
小川が流れ、
創志学園高等学校駅前校舎前には、
岡山と言えば「桃」!を象った、
「DEAREI (でぇれぇ=岡山弁で「凄い」を意味する言葉)MOMO」という、
シンボルが設置されていました。
1993年6月、
私が所属していたドルトムント市立フィル(ドイツ連邦共和国)は、
広島原爆被爆者のためのチャリティーコンサート「HIROSHIMA’93」
(指揮:モーシェ・アツモン、ソプラノ:番場ちひろ、ヴァイオリン:堀米ゆず子)を、
ドルトムント市にて開催。
その後、帰国した私は、
1996年6月、
ドルトムント市立フィルからの8名と、
当時日本国内にあった22プロオケからのピックアップメンバーを中心に、
「ザ・ハーモニー」というオケを編成し、
「We love the EARTH from HIROSHIMA」というタイトルのコンサート
(指揮:飯守泰次郎、ソプラノ:番場ちひろ、ヴァイオリン:堀米ゆず子)を、
広島・東京でコンサートを開催。
そして、その数年後、
「We love the EARTH from HIROSHIMA」という楽曲を作詞・作曲し、
広島エフエム放送の番組テーマソングとなり、
2014年7月、
「We love the EARTH from HIROSHIMA」を、
タイトル曲にしたCD「We love the EARTH from HIROSHIMA」を制作し、
広島県内全小・中・高に合唱楽譜とともに配布しました。
その楽曲「We love the EARTH from HIROSHIMA」を、
今年5月に開催されるG7広島サミットにて、
演奏・合唱しようと広島市消防音楽隊を中心に働きかけが続いていますが、
また一歩、前に進みそうです。
会える時に会いたい人=橋本聖子参議院議員
(東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会会庁)を、
2023年1月25日(水)、参議院議員会館に訪ねました。
日本青年会議所が毎年10人の傑出した若者を表彰する、
「TOYP大賞」(人間力大賞)受賞者仲間であり、
受賞者で構成されているNPO法人の会長と会員の関係でもあり、
その縁から私がPTA会長をしていた広島市立落合東小学校創立30周年記念事業のひとつとして、
妊娠9ヶ月の身重ながら、講演に来て頂き、
大いなる刺激と感動の時間を頂きました。
1964年に開催された東京オリンピック開会式の10月10日が、
橋本聖子先生の誕生予定日で、
北海道からオリンピック見学にいらしていたお父様が、
最終聖火ランナーの「聖火」を見て、
「聖子」という名前に決められたそうです。
その最終聖火ランナーがなんと、
私の出身校である三次高校の先輩の坂井義則氏という奇跡も手伝い、
縁が深まっていました。
東京都千代田区神田錦町には、
1928年から歴史を刻む「学士会館」という建物があり、
宿泊・宴会・会合・結婚式ができ、
フランス・中国・日本料理のレストランとカフェを備えています。
友人と再会し、中国料理を楽しみました。
「学士会館」とは、
1877(明治10)年4月に創設した東京大学が、
1886(明治19)年3月「帝国大学」と改組改称し、
それまでの9年間、東京大学総理であった加藤弘之先生が退任されたのを機に、
先生に対する謝恩会を開催。
これが「学士会」のはじまりとなり、
のちに旧帝国大学(現在の国立七大学:北海道大学、東北大学、東京大学、
名古屋大学、京都大学、大阪大学、九州大学)出身者の親睦と知識交流を目的とした場に発展するとともに、
「学士会館」が建設され、
紆余曲折を経て現在に至っています。
その敷地内には、
「日本野球発祥の地」と、
「東京大学発祥の地」の記念碑があります。