4月5日(土)外反母趾手術から2日目。親友がサプライズお見舞い!

4月5日(土)、
手術から2日目となり、
麻酔のご利益が少しずつ薄れてきています。

月曜日からリハビリが始まるとのこと。

 

 

「来週かは、気をしゃんと持たんといけんのお。」と思いを回らしていた折、
嬉しい親友がサプライズで現れました。

現在は三重県桑名市に暮らしているのですが、
私の同郷の親友で、
三次市では、
三良坂町に生まれ、
三良坂保育所、
三良坂小、
三良坂中、
三次高校の同級生清水文雄氏です。

三良坂の母上のもとに帰るのに合わせ、
facebookでも知っていたので、訪ねてきてくれました。

彼は明治大学に進学したので、
楽天の注目ルーキー宗山塁選手と、
三良坂生まれ、
三良坂保育所、
三良坂小、
三良坂中、
明治大学と履歴が重なる大先輩でもあります。

いろんな話に花が咲きました!
「友も故郷もええもんです。」

 

三次市三良坂町には、
私の実家=沖田鉄工株式会社が建築した「大迫牛乳店」。
清水文雄氏の実家の目と鼻の先にあります。

 

2025年4月4日(金)左足外反母趾手術、無事、終了!

2025年4月4日(金)、広島大学大病院にて、左足外反母趾の手術を行いました。

執刀医は「生田先生」。

実は、
写真に手術痕が残っているように、
両手首橈骨骨折の手術を、
十数年前、
広島大学病院からJR鉄道病院長に転身されていた「生田先生」にして頂きました。

同じ広島大学医学部整形外科という同じ「釜の飯」を食されたおふたり。
方や足の整形(特に足首)専門、
方や手の微小整形専門のお二人の「生田先生」にお世話になりました。

血縁関係、親族関係はないとのことですが、
なんか不思議がなことが重なっている今日この頃です。

子ども(若者)は回復が早く、
骨も引っつやすいとのことですが、
老体となると…。

そうそう、
当時広島大学病院にいらした生田先生からの依頼で、
現在の広島大学病院「クリスマスコンサート」に20年近く出演させて頂いています。

これも「縁」です。

 

手術前の麻酔後の私と両足(手術しない方の足には「NO」というシールを貼る)。

 

手術後の手術台の上で撮ったレントゲン。

そして、
現在、点滴中の私(両手橈骨骨折手術痕が確認できます。)

養生します。

左足外反母趾手術のため、絶賛、絶食中!

4月4日(金)朝7時23分現在、
「まな板の上の鯉」状態の私です。

今日の午後、
左足外反母趾の手術を行います。

10年くらい前でしょうか、
交通事故により、
両手橈骨を骨折し、
3ヶ月間入院という憂き目に遭って以来の入院生活が始まりました。

 

拝啓 歌心りえ様 異例の2社からのメジャーデビュー、おめでとうございます!

拝啓、歌心りえ様
2025年4月2日(水)、
異例となるエイベックス・ビクターからの同時メジャーデビュー、
「おめでとうございます。
あなたは素敵・凄い・素晴らしいの3「S」!
あなたの歌声は〇〇です。
あなたに、
私の作った「tomorrow」を歌って頂けたことは光栄であり、感謝感激雨霰。
ますますのご活躍を!
そして、
またお会いできる日を楽しみにしています。」
あなたの一ファンより

4月1日は「エイプリルフール」(4月馬鹿) 「今年は何を食らおうぞ!」

4月1日が過ぎ去りました。

もう過去の言葉になったのでしょうか「エイプリル・フール」
(「4月馬鹿」毎年4月1は悪戯や嘘をついても良いという風習)。

今年は何を食べてやろうかと考えを巡らせると「ヴィオラ」?!

 

三次高校1年次の遠足では「飴玉」

 

満1歳に誕生日には、
後で食べたかどうかは定かではありませんが、
「一升餅」を背負っています。

3月30日(日)、街は賑わい、心は踊る。おりづるタワーにて

3月30日(日)、
少々、肌寒い1日でしたが、街中は賑わっていました。

カープの試合が満員のマツダスタジアムであり、
広島城、広島県庁には新しい施設がオープンし、
ゲートパークでは骨董市が。

 

 

ゲートパークに浅草の中店の如く軒を連ねるこの手法は悪くない演出かと…。

2週間前、
生誕145年、
没後100年の原爆ドーム設計者ヤン・レツルの故郷ナーホトを訪ね、
墓参し、
コンサートをさせて頂きましたが、
今後、
もっとレツルのこと、
そして、
チェコとの関係を築くという命題が私に課せられたようです。

 

3月30日(日)①13時半~14時②14時半~15時、 おりづるタワー 「マイ・ハート・コンサート」

3月30日(日)①13時半~14時②14時半~15時、
おりづるタワー12階にて、
「マイ・ハート・コンサート」を開催します。
「おりづるタワー」は、
「原爆ドーム」の真後ろに位置し、
平和公園をはじめ、
市内中心部を360度眺めることのできる場所にあります。
すぐそこにある「原爆ドーム」の設計者はチェコ人ヤン・レツル。
ここまではご存じの方がいらっしゃるかと思いますが、
今年2025年が、
生誕145周年、
没後100周年となることを知っている方は?!
「マイ・ハート弦楽四重奏団ひろしま」は、
3月18日プラハ(レツル終焉の地)、
19日ナーホト(レツル生誕の地)でコンサートを開催しました。
2025年は、
「マイ・ハート弦楽四重奏団ひろしま」結成30周年、
ビートルズの「イエスタデイ」がB面に収録されているLP「Help」リリース60周年(リリース日が8月6日という奇跡)、
被曝・戦後80年、
レツル没後100周年、
昭和から数えて「昭和100年」といういろんなことが重なる節目の年です。
3月30日のおりづるタワーでのコンサートは、レツルに捧げます。

「クラウドファンディング」、無事「成立」し終了しました。「ありがとうございました!」

「本当にありがとうございました!」
「感謝感激雨霰です!」
3月28日まで挑戦中だった「クラウドファンディング」が無事「成立」し終了しました。
皆様のお力添えにより、
「マイ・ハート弦楽四重奏団ひろしま」は、
「ひろしまの想い」とともに、
「マイ・ハート弦楽四重奏団ひろしま」ならではの音楽を、
世界に伝え、届けるチャンスを頂きました。
「重ね重ねありがとうございます。」
しかし、偶然といえ、不思議な符合があります。
「クラウドファンディング」挑戦中の、
2025年2月25日、私=沖田は67歳の誕生日を迎えました。
3月5日~21日、ヨーロッパツアーを敢行。
2025年3月21日19時27分、
ドイツより羽田空港に到着し、広島への乗り換え時点での支援金額が、9,225,000円
3月28日23時、終了時点での支援金額が、なんと11,225,000円
これは何かを示しているのでしょうか?!
「225」は、はたしてラッキーナンバーなのでしょうか?!
とにもかくにも、「ありがとうございました!」
*3月21日19時27分 ヨーロッパから帰国直後の支援金額
*3月28日23時5分  終了時点での支援金額

2025年3月28日(金)23時をもちまして、「ひろしまの想い」を届けるクラウドファンディングが集結します。

今日=2025年3月28日(金)23時をもちまして、
私たち「マイ・ハート弦楽四重奏団ひろしま」のクラウドファンディング挑戦が集結します。

第一目標をクリアし、
最終目標に向かい邁進しておりますが、
この2025年のプロジェクトは、
コロナという未曽有の体験を抜け出し、
2023年5月19日(金)G7広島サミット「パートナーズプログラム」、
2024年2月10日(土)エディオンピースウィング広島杮落し、
同6月11日(火)サッカーワールドカップアジア予選:日本対シリア戦における、
「We love the EARTH from HIROSHIMA」の披露・演奏が起点となったことは間違いありません。

そして、
その際のヴォーカリスト「歌心りえ」さんにとっても、
大きな節目だったのではないかと思います。

その彼女は、
来週4月2日、
51歳にして、
日本初となるそうですが、
エイベックスとビクターの2社から同時メジャーデビューします。

「りえちゃん、おめでとう!
そして、ありがとう!」。

「We love the EARTH from HIROSHIMA」を通して、
「ひろしまの想い」が多くの人々に届きますように!